思いながら何喰わぬ顔で話を聞いてみると、愛子は金兵衛に死別《しにわか》れてから、芸妓《げいしゃ》を廃業《やめ》て、義理の母親《おふくろ》と一緒に煙草屋専門で遣ってみた。すると近所の会社員や、工場の職人たちが盛んに買いに来てくれるので、結構やって行ける事がわかった。しかし一方に養母《おふくろ》が、芝居と、信心と、寝酒の道楽を初めて、死んだ金兵衛の伝でグングン臍繰《へそくり》をカスリ取る上に、良い縁談をみんな断ってしまうので、愛子は朝から晩まで店の稼ぎと所帯の苦労に逐《お》われて、この頃はスッカリ窶《やつ》れてしまった……というような話で……つまり愛子は生れてから死ぬまで絞り取られるように出来ていた女なんだね。……それから愛子はオズオズと一通の手紙を出して、これを読んでくれと云うんだ。
 俺は何かの脅迫状じゃないかと思って半分失望しいしい、その手紙を開いてみたら大違いだった。便箋三枚に製図用の紫インキで綺麗に、細かく、ベタ一面に書いてあるんだ。参考品の中に保存してあるがね。見せてやろうか……ウン……こっちへ来てみたまえ。この手紙だ。

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「前文御めん下さい。僕は貴女《
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