いたかいなかったか、愛子には今まで一人の情夫らしいものも居ない。念のために今までのお客の中で、好いたらしい事を云い合った者は居ないか。チョット惚《ぼ》れでもいいから居ないかと聞いてみたが、愛子はただポカンとして頭を左右に振るばっかりだから、しまいにはこっちが負けてしまった。頭の悪い奴はコンナ場合全く苦手だよ。殊に女にはコンナ種類の返事をする者が多いから困るんだ。
実は愛子が惚れた男がチャント居たんだ。愛子はその男に、生れて始めての恋を感じているにはいたんだが、タッタ一晩、会ったキリだし、気の弱い女だもんだから自分でもチョット惚れのつもりでほかの苦労に紛れて、そのまんま忘れていたんだ。むろん其奴《そいつ》が犯人だったのだが……まあ……急《せ》かずと聞き給え。ここが面白いところなんだ。
そんな訳で事件当時の愛子には、これぞという心当りが全くなかったんだから手の附けようがない。そうかといって愛子の取ったお客を一々調べ上げて、足を洗ってみるというのはトテモ大変な仕事だし、第一、それほどの確かな見込を附けていた訳じゃないんだから、そのままこの方面の捜索を打切る事にした。
そうなると自然、捜
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