…そこに寝ているじゃありませんか。貴女《あなた》の背後《うしろ》の寝台に……エッ……そんなものは見えないって……? ……貴女は眼がドウかしているんじゃないですか。……ね。わかったでしょう。あいつですよ。ツイ今しがた先生に注射をしてもらったばかりなんです。ね、グーグー眠っているでしょう。
 何ですって……? ……あの支那人を僕の脅迫《きょうはく》観念が生んだ妄想だって云うんですか……? ……そ……そんな事があるもんですか。チャンとした事実だから云うんです。ね。御覧なさい。死人のように頬《ほっ》ペタを凹《へこ》まして、白い眼と白い唇《くちびる》を半分開いて……黄色い素焼みたいな皮膚《ひふ》の色をして眠っているでしょう。
 僕はあの顔色を見てヤット気が付いたのです。この留学生はキット支那の奥地で生れたものに違い無い。あの界隈《かいわい》で有名な、お茶の中毒患者に違い無いと……。
 イイエ。貴女は御存じ無い筈《はず》です。
 お茶に中毒した人間の皮膚の色は、みんなアンナ風に日暮れ方のような冷たい、黄色い色にかわるのです。光沢《いろつや》がスッカリ無くなってしまうのです。そうして非道《ひど》い不
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