ええ。無論そうですとも。夜になっても眠られないのは、わかり切った事ですが、しかし富豪たちはチットも疲れを感じません。影のように附添って介抱する黄色い着物の茶博士たちが、入れ代り立ち代り捧げ持って来る崑崙茶の霊効でもって、夜も昼も神仙とおんなじ気持になり切っている。神《しん》凝《こ》り、鬼《き》沈《しず》み、星斗と相語り、地形と相抱擁《あいほうよう》して倦《う》むところを知らず。一杯をつくして日天子《にってんし》を迎え、二杯を啣《ふく》んで月天子《げってんし》を顧みる。気宇|凜然《りんぜん》として山河を凌銷《りょうしょう》し、万象|瑩然《えいぜん》として清爽《せいそう》際涯《さいがい》を知らずと書物には書いてあります。
けれどもその間は、お茶の味をよくするために食物を摂《と》りません。ただ梅の実の塩漬と、砂糖漬とを一粒|宛《ずつ》、日に三度だけ喰べるのですから、富豪たちの肉体が見る見る衰弱して行くのは云う迄もない事です。安楽椅子に伸びちゃったまま、黄色い死灰《しかい》のような色沢《いろつや》になって、眼ばかりキラキラ光らしている光景は、ちょうど木乃伊《ミイラ》の陳列会みたいで、気味の
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