です。ところでその猿が又、実によく仕込んだもので、そんなお茶の大木の梢《こずえ》にホンノちょっぴり芽を出しかけている、新芽の中の新芽ばかりをチョイチョイと摘《つ》み取ると、見返りもせずに人間の手許へ帰って来るのだそうです。
 そこでソンナような冒険的な苦心をした十人か十四五人の茶摘男が、めいめいに一握りか二握りのお茶の新芽を手に入れると、大急ぎで天幕《テント》張りの露営地に帰って来ます。そうすると待ち構えていた茶博士……つまりお茶湯《ちゃのゆ》の先生たちですね。それが崑崙茶の新芽を恭《うやうや》しく受取って、支那人一流の頗付《すこぶるつ》きの念入りな方法で、緑茶に製し上げるのです。それから附近の清冽な泉を銀の壺に掬《く》んで、崑炉《こんろ》と名づくる手捏《てづく》りの七輪《しちりん》にかけて、生温《なまぬる》いお湯を湧かします。そうしてその白湯《さゆ》を凝《こ》りに凝《こ》った茶碗に注《つ》いで、上から白紙の蓋をして、その上に、黒い針みたような崑崙の緑茶を一抓《ひとつま》みほど載せます。そうしてその白紙の蓋がホンノリと黄色く染まった頃を見計《みはか》らって、紙の上の茶粕を取除《とりの》
前へ 次へ
全30ページ中21ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング