くせない光景が到る処に展開している。その中でも一番眺望のいい処に、各地方から集まった隊商たちは、先を争って天幕《テント》を張《は》りまわすと、手に手にお香《こう》を焚《た》いたり、神符《しんぷ》を焼いたりして崑崙山神の冥護《めいご》を祈ると同時に、盛大なお茶祭を催して、滅亡《ほろ》びた崑崙王国の万霊を慰めるのだそうですが、これは要するに、迷信深い支那人の気休めでしかないと同時に、お茶の出来る間の退屈|凌《しの》ぎに過ぎないのでしょう。
 一方に馬から離れた茶摘男たちは、一休みする間もなく各自《めいめい》に、長い長い綱を附けた猿を肩の上に乗せて、お茶摘みに出かけるのです。鬱蒼《うっそう》たる森林地帯を通り抜けると、巌石《がんせき》峨々《がが》として半天に聳《そび》ゆる崑崙山脈に攀《よ》じ登って、お茶の樹を探しまわるのですが、崑崙山脈一帯に叢生《そうせい》するお茶の樹というのは、普通のお茶の樹と種類が違うらしいのです。皆スバラシイ大木ばかりで、しかも、切って落したような絶壁の中途に、岩の隙間を押分けるようにして生《は》えているのだそうですから、猿でも使わない事には、トテモ危険で近寄れない訳
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