「月の世界の一日は人間の世界の五万日になるのです。ですから、人間の世界の出来事を月の世界から見ると大変に早く見えるのです。もうあなたがその眼鏡を眼にお当てになってから、今までに三年ばかり経《た》っているのですよ」
「エッ、三年にも……」
 とリイはビックリしました。しかしもうお父様やお母様も自分のことを忘れておいでになるだろう。そうして二人の兄さんたちに孝行をされて喜んでおいでになるだろうと思いましたから、いよいよ本当に安心をしました。
 そうして月の御殿に這入って、月姫と並んで腰をかけて、並んだ御馳走を食べましたが、そのおいしかったこと。それから鳥の歌、虫の音楽、獣《けもの》の踊りなぞを見ましたが、そのおもしろかったこと……ほんとに月の世界はいいところだとリイは思いました。
 そのうちにリイは又|家《うち》のことを思い出しました。
 自分はこんなに面白く遊んでいるが、うちの人はどうしているだろうと思いながら、眼鏡を眼に当ててみますと……大変なことが見えました。
 リイが人間の世界を遠眼鏡でのぞいた時は、もうこの前見た時から三十年も経っておりましたので、リイのお父さんやお母さんも、
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