した手で、又イジクリまわした郵便物から、俺の眼にトラホームが伝染しそうで怖くて仕様がない。小説書きが眼を奪われたら、運の尽きと思うから、手を消毒する石炭酸と、点眼薬と、黒い雪眼鏡を万田先生から貰って、念入りに包んで送ってくれ。黒い眼鏡はむろん郵便配達手君に遣るのだ。あの郵便配達手君が来なくなったら、俺と社会とは全くの絶縁で、地の底に居る虫が呼吸している土の穴を塞がれたようなものだ。俺は精神的に呼吸することが出来なくなるのだからね。その郵便配達手君は、背が高くて人相が悪いが、トテモ正直な、好ましい性格の男らしい。郵便屋だって眼が潰れたら飯の喰い上げになるのだから気の毒でしようがない。云々…………」
そういった手紙の返事として妻から送って来たのが、この点眼薬と、消毒薬と黒眼鏡であったのだ。
ところが、それから旧正月へかけて、今までにない大吹雪が続いて、さしもの配達狂の郵便配達手が二三日パッタリと来なくなった。私も亦《また》、仕事に熱中して、新聞や手紙を読む閑暇《ひま》が無かったので忘れるともなく忘れていたが、その中《うち》に、その二三日目の真夜中になると、私の寝ている窓をたたいて、私を
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