私に対する敬意のお取次であったらしいことを想うと、私はいつも微笑《ほほえ》ましくなるのであった。
 最初の中《うち》、私はそうした配達手君の敬礼に対して、机の前に座ったまま、必ず目礼を返すことにしていたが、その中《うち》にだんだんと疎《おろ》そかになって来た。仕事に夢中になっている時なぞ、振向いて見る余裕すら無いことが度々あるようになった。しまいにはいつ頃来て郵便物を置いて立去ったのか、わからない中《うち》に日暮れ方になって、フト傍の封のままの新聞を見て、まだ昼食も夕食も喰っていないことを思い出し、急に空腹を感ずるようなことを一度ならず経験するようになった。その配達手君の出入りを、窓の隙間から這入って来た風ほどにも感じないようになってしまったものであるが、それでも配達手君は毎日毎日忠実、正確に往復八里の山坂をその健脚に任せて私のために、僅か二通か三通の郵便物を運んで来た。二三日分溜めて持って来るようなことは一度もないのであった。

 性来無口の私は、その配達手君と物をいったことがなかった。先方から、つつましやかに、
「お早よう御座います」
 とか何とか言葉をかけられても、頭の中に創作の
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