内容を一パイに渦巻かせていた私はただ「ああ」とか「うう」とかいったような言葉にならない返事をして、ちょっと頭を下げる位が関の山であった。「御苦労さん」なぞいう挨拶がましいことを云ったことは一度もなかったのだから、金鵄勲章の配達手君にとっては嘸《さぞ》かし傲慢な、生意気な青二才に見えたであろう。
 その中《うち》に私の創作の方はグングン進行して、遠からず脱稿しそうになって来たので、いささか安心したのであろう。或る寒い朝のことフッと気が付いてペンを投げ棄て、窓の外を覗いてみると、外は一面の樹氷《じゅひょう》で、その中にチラホラと梅が咲いているのに驚いた。最早《もう》、新の正月が過ぎて、大寒に入っているのであろう。
 私は毎日、仕事に疲れて来ると、思い出したように外に出て、温突《オンドル》の下に薪をドシドシ投込み、寝室の中を息苦しい程熱くして、夜の寒気に備えるようにしていたものであるが、その間も頭の中では創作のことばかり考えていたので、コンナに雪が深くなっていようとは夢にも気が付かずにいた。まったくこの谿谷は、冬中雪に封鎖《とざ》されているものらしかった。
 しかし、それでも愚かな私は、その
前へ 次へ
全22ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング