微細な粉雪が霜のように凍て付いて、銀色の塑像のような、非人間的な感じを現わしていたが、その左手の二本しかない指で、鞄の口をシッカリと抓《つま》んで胸の上に抱いていた。その鞄の口を開けてみると中には東京の新聞が二つと二百円入りの価格表記の袋が、チットも濡れずに這入っていた。その死顔には何等の苦悶のあとも無く、あの人相の悪い、頑固一徹な感じは、真白い雪の中に吸い取られてしまったのであろう。あとかたもなく消え失せて、代りにあの国宝の仏像の唇に見るような、この世ならぬ微笑が、なごやかに浮かみ漂うているのであった。
奇蹟を見た人間でも、これ程に驚き恐れはしなかったであろう。
それは零下何度の寒さのせいではなかった。私は全身の関節が、ガタガタと震え戦《おのの》くのを感じながら、眼をマン丸く見開いて、その神々しい死顔を凝視した。そうして今朝、忠平の失踪を聞いて、その横死を確信した一刹那から、こうして雪の中を夢中になって歩いて来て、忠平の死顔を発見するに到るまでの私の気持を繰返し繰返し考え直してみた。
それは私が今日まで一度も経験したことのない、私の心理上に起った一つの大きな奇蹟であった。生命
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