だったに……」
「まったくだ。忠平の死骸が見付かって、あそこにグズグズしていねえけれあ先生は、このまま行倒おれにならっしゃるところだったによ」
「忠平の死骸が、先生を助けたようなものでねえか、ハハハ」
「まあまあこちらへ御座らっせえ。肩にかけて上げまするで……」
「これを飲まっせえ。帰りに貰って来た支那焼酎の残りでがす」
火のような老酒《ラオチュー》の一《ひ》と口は、私を蘇らせ、元気づけるに充分であった。そうして、それから五町ばかり先の岩の根方に横たわっている忠平の死骸の処まで、吉兵衛老人の肩につかまって、よろぼいよろぼい歩いて行った。綿のように疲れた身体を強いアルコール分がグングン馳けめぐるために、谿谷全体がぐるんぐるんと回転するように思われる両眼を見据えて、忠平の死顔を夢のように覗き込んだ。そのうちに瞼がシクシクと痛み出して、視界がボーッとなって行くのを又コスリ直して見直した。
忠平の死骸はモウ雪の中から引ずり出されていた。古びた赤縞綿ネルの布片《ぬのきれ》の頬冠りから、眼と口をシッカリと閉じたしかめ顔から、剥げチョロケた紺小倉の制服から、半分脱げかかった藁靴の爪先まで一面に、
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