し進んで来たために、職に殉じたものに違いない…………。
 そう思うと私は、タッタ一人で行く雪の道の危険を忘れて一歩一歩と村の人々の足跡を追い初めた。底の方の凍り固まった、上《うわ》ッ面《つら》のフワフワしたメリケン粉のようにゆらめく雪を、村の人々が踏み固めて行った痕跡が、早くも凍りかかっている上から踏み破り踏み破り蹴散らし蹴散らし急いで行くので、狭い絶壁の上の岨道を行くのに、さほどの困難は感じなかった。それよりも一面に蔽われた深い谷底の雪の下を轟々《ごうごう》と流れる急流の音が、冷めたい、憂鬱な夜行列車のような響を立てているのが、時々聞えて来るのには、何故ということなしに肝を冷やした。渦巻|烟《けむ》る吹雪に捲かれて、どこにも手がかりの無い岨道を踏み外したが最後、二度と日の目を見られないと思うと、何故とはなしに身体《からだ》が縮《すく》んで、成るたけ谷に遠い側の足跡を拾い拾い急いで行った。
 しかしちっとも寒くはなかった。温突《オンドル》の温もりが、まだ身体から抜け切れないうちに、慣れない雪道を歩いて身体が温まり初めたからであった。
 時々|立佇《たちど》まって仰ぎ見ると、雪空は綺麗に
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