「イヤ。そんなことをしちゃ忠平に済まん。是非とも僕が自分で行く」
「駄目だ駄目だ。済むとか済まんとかいう話でねえ。先生はまだ吹雪の恐ろしさを知らっしゃらねえから駄目だ。無理に行かっしゃると今度は先生が谷へ落ちさっしゃるで……」
 こんな問答をして無理やりに私を押付けながら、四人の村人が逃げるように私の寝室を出て行った。だから私は仕方なしに一先ず黙って村の人々を帰しておいて、あとから一人でゴム長靴を穿き、天鵞絨《ビロード》の襟巻で頬をスッポリと包み、今は悲しい思い出の新しい黒眼鏡をかけながら外に出た。
 その時はモウ夜がシラジラと明けかかっていたので、私はチョット引返して持っていた懐中電燈を机の横に置いて出て来た。

 青白い海底のような雪道を踏出した時、私は忠平の死を確信していた。
 ……忠平は二百円の価格表記郵便を見て、これは是非とも早く私の処へ届けなければならないものと考えて、ただ、それだけのために無理矢理に吹雪の道を踏出したものに相違ない。そうして途中で真白い雪道ばかり凝視して来たためにトラホームが痛み出し、眼を眩《くら》まされてしまったのを、なおも持って生まれた頑固一徹から押
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