といえば普通の人の何万倍も悲しく、嬉しいといえば又、一般人の何万倍も嬉しいような頭脳《あたま》になっていた。だから忠平のあの薄赤く爛れたトラホームの眼を思い出し、折角《せっかく》のあの黒眼鏡が間に合わなかったことを考えまわすと、もう胸が一パイになって、涙がポロポロと頬にあふれ出して仕様がないのであった。
私は直ぐに立上って身支度を整え、兼て用意のゴム長靴を穿いて出かけようとしたが、そうした私の勢込んだ態度を見た四人の村人は一斉に眼を丸くして押止めた。
「飛んでもねえことですよ先生。この雪の夜道を慣れねえ先生が、どうして歩けますか。第一カンジキを持たっしゃるめえ」
「忠平は元気な男ですから、そこいらの山道で死ぬような男じゃ御座いませぬわい。キット二百円の金を見て気が変って……」
「馬鹿ッ……」
私は忽《たちま》ち息苦しい程、激昂してしまった。
「貴様たちは忠平の性格を知らないんだ。ドンナ人間でも金さえ見れば性根が変るものと思うと大間違いだぞッ」
「そんなに腹を立てさっしゃるものでねえ。私等の云うことを聞いて、ちゃんと家に待って御座らっしゃれ。あっし等が手を分けて探して来ますから……」
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