後《あと》に子供も何も無い酒飲みの忠平が、ヤケクソになって二百円を持逃げしたのではないかという疑いが掛かった。そこで警察からの命令で猟師の吉兵衛が先達に立って、村の区長さんと助役さんと、忠平の遠縁にあたる青年会長が揃って、私の処へ様子を聞きに来たのだという。実は巡査さんも来ると云っていたが、こんな吹雪の烈しい道は、素人には危いので、皆して留めて来たという話であった。
私は眼がスッカリ醒めてしまったばかりでなく、ジッとして皆の話が聞いていられなくなった。
忠平が大酒飲みであったろうが、細君と喧嘩別れをしていようが、そんなことは私にとって問題でなかった。それよりもこの四箇月の間、毎日毎日器械のように私の処へ郵便物を持って来てくれたあの金鵄勲章の忠平が、私へ送って来た二百円の金を拐帯《かいたい》して逃げ失せるような男とは、どうしても思えなかった。キットあのトラホームのために、眩《まぶ》しい雪道を踏迷うか、谷川へ落ちるかして、どこかで凍え死んでいるに違いないであろうと思うと、立っても居ても居られなくなった。
その時の私は創作に夢中になってアタマが極度に疲れていたせいであったろう。悲しい
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