と思って誰も怪しむ者なんか居なかった。
 とにもかくにもこの藤六|老爺《おやじ》が居るお蔭で、直方には乞食が絶えないという評判であったが、実際、色々な乞食が入代り立代り一パイ屋の門口に立った。「あの乞食酒屋で一パイ」とか「乞食藤六の酒は量りが良《え》え」とか云われる位であった。

 その名物|老爺《おやじ》の藤六が昨年……明治十九年の暮の十一日にポックリと死んだ。
 炭団《たどん》を埋めた小火鉢の蔭に、昨夜喰ったものを吐き散らして、夜具の襟を掴んだまま、敷布団から乗出して冷めたくなっているのが、老爺《おやじ》の心安い巡回の巡査に発見されたので、色々と死因が調べられたが別に怪しい点は一つも無かった。
 ただ一つ、盗まれたものはないかと家中《うちじゅう》を調べているうちに、押入の隅に祭ってある仏壇らしいものに線香も何も上げてない。その代りに白紙に包んだ麦の黒穂《くろんぼ》の、枯れたのが、幾束も幾束も上げてあるのが皆を不思議がらせた。それからその仏壇の奥の赤い金襴《きんらん》の帷帳《とばり》を引き開いてみると、茶褐色に古ぼけた人間の頭蓋骨が一個《ひとつ》出て来たので皆……ワア……と云って後退
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