眼を閉じた。
「成る程のう。それでわかったわい。ツイこの頃までこの筑豊地方に限って、小泥棒《こぬすと》が一つも居らんじゃった理由《わけ》がわかったわい」
「……ハイ……藤六という奴は余程エライ奴じゃったと見えます」
「そうすると丹波小僧の銀次も、藤六のアトを慕うて来た仲間じゃな」
「いや、違います。丹波小僧は、藤六の処を出て、鍋墨の雁八とも別れてから後《のち》、大阪地方専門の家尻切《やじりき》りになりましたが、或る処で居直って人を殺したお蔭で、手厳しく追いこくられましたので、チョット商売にオジ気が付きましたものか、飴売に化けてこっちへ流れて来ましたが、偶然に藤六の店に目を付けてみますと、思いがけない藤六が住んでいる。しかもスッカリ耄碌《もうろく》している上に、相当の現金をシコ溜めていることがわかりましたので、それこそ悪魔の本性を現わしましてコッソリ彼《か》の一軒屋に忍び込み、藤六の夜食の飯の中へ鼠取薬《ねずみとりぐすり》か何かを交ぜて、毒殺して後を乗取った……」
「……エッ……そんなら親殺しじゃな」
「ハイ。知らずに殺しました訳で……」
「それでも怪《け》しからん話じゃ。あの時に診察し
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