「第一、先般、御承知の一パイ屋の藤六|老爺《おやじ》が死にました時に仏壇の中から古い人間の頭蓋骨と、麦の黒穂《くろんぼ》が出た事は、御記憶で御座いましょう」
 署長はこの辺の炭坑主が寄附した巨大な、革張りの安楽椅子の中から鷹揚《おうよう》にうなずいて見せた。
「ウムウム。知っとるどころではない。それについてここの小学校の校長が……知っとるじゃろう……あの総髪に天神髯《てんじんひげ》の……」
「存じております。旧藩時代からの蘭学者の家柄とか申しておりましたが」
「ウムウム、中々の物識りという話じゃが、あの男がこの間、避病院の落成式の時にこげな事を話しよった。……人間の舎利甲兵衛《しゃりこうべえ》に麦の黒穂《くろんぼ》を上げて祭るのは悪魔を信心しとる証拠で、ずうと昔から耶蘇《やそ》教に反対するユダヤ人の中に行われている一つの宗教じゃげな。ユダヤ人ちうのは日本の××のような奴どもで、舎利甲兵衛に黒穂《くろんぼ》を上げておきさえすれば、如何《どげ》な前科があっても曝《ば》れる気遣いは無いという……つまり一種の禁厭《まじない》じゃのう。その上に金が思う通りに溜まって一生安楽に暮されるという一
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