らだ》に腰をかけたまま、血染の匕首を両袖で捲いて、白い自分の首筋にズップリと突込んだ。そのまま涙をハラハラと流して、唇からプルプルと血を吐き吐きグッタリとなった。銀次と折重なって倒れようとしたところを走りかかって来た巡査たちに抱き止められた。
「馬鹿ッ……」
「何をスッか……」
「馬鹿ッ……」
という巡査たちの怒号のうちに、太い血の筋を引いた二つの死骸が、事務室の中へ引っぱり込まれた。
警察の門前から、玄関先まで間もなく人の黒山になったが、やがて走り出て来た巡査が、群集を追払って、表門と玄関をピッタリと閉め切ってしまった。
その中《うち》に玄関の石段と敷石に流れた夥しい血が、小使の手で洗い流されてしまうと皆立去ってしまったが、それでも、
「何じゃったろかい」
「何じゃったろ何じゃったろ」
と口々に云い交わしながら、近所の人々は皆、表に立っていた。
「須崎《すさき》監獄へ行って取調べてみますと、どうも意外な事ばかりで驚きました」
出張から帰って来たらしい胡麻塩鬚の巡査部長が、大兵肥満の署長の前に、直立不動の姿勢を執《と》って報告をしていた。事件後、四五日目の正午頃の事であった
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