チョケた塗下駄《ぬりげた》を穿いていた。
 銀次は張合いが抜けたように、その姿を見上げ見下した。
 小女《こおんな》は美男の銀次に見られて真赤になってしまった。背後に隠していた一升徳利と十円札を銀次の鼻の先に差出しながら、消え入るように云った。
「お酒を一升。一番ええとこを……」
 銀次が無言のまま頭を下げてお金と徳利を受取ると、小女はよろめくように潜戸の端に凭《よ》りかかって頸低《うなだ》れた。
 銀次は新しい酒樽からタップリ一升引いて小女に渡した。それからラムプをグッと大きくして、押入の端の小箪笥の曳出《ひきだ》しから黄木綿《きもめん》の財布を引っぱり出して、十円のお釣銭《つり》を出してやった。
「姉さん、どこから来なさったとな」
 と顔をさし寄せて訊いてみたが、小女はチラリと上目づかいに銀次の顔を見たきり、首の処まで真赤になってしまった。無言のまま逃げるように潜戸の外へ辷《すべ》り出てしまった。
 あとをピッタリと閉めて、掛金をガッチリと掛けた銀次は、そのまま町の方へ去る小女の足音が聞こえなくなるまで聞き送っていた。ニンガリと笑い笑いつぶやいた。
「……ヘヘ……とうとう来やがった
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