4

 直方署の巡査部長室の床の上に、猿轡を外された小女が、グルグル巻のまま寝かされていた。銀杏髷《いちょうまげ》がグシャグシャになって、横頬を無残に擦剥《すりむ》いていたが、ジッと唇を噛んで、眼を閉じて、横を向いていた。
 その周囲を五六人の警官が物々しく取巻いて、銀次の陳述に耳を傾けていた。
 中央に立った銀次は、すこし得意そうに汗を拭き拭きお辞儀をしては、横の火鉢に掛かっている薬鑵《やかん》の白湯《さゆ》を飲んだ。
「……ヘエ……お褒《ほ》めに預るほどの手柄でも御座んせんで……ヘヘ。あんな離れた一軒家で、前の藤六から以来《このかた》、小金《こがね》の溜まっているような噂が立っているそうで御座いますから、いつも油断しませずに、出入りのお客の態度《ようす》に眼を付けておりましたお蔭で御座いましょう。ヘエ。……この小女《あま》っちょが這入って来た時に、この界隈の者でない事は一眼でわかります。第一これ位の縹緻《きりょう》の娘は直方には居りませんようで……ヘヘ。それから一升買いに十円札を突《つ》ん出す柄じゃ御座んせんで……どう考えましても……ヘエ。それで一層気を付けておりますとこの小女《あま》っちょ奴《め》え、潜り戸に凭《もた》れかかる振りをしてマン中の桟から掛金までの寸法を二本指で計ってケツカルので……ヘエ。それから私が十円札の釣銭《つり》を出すところを、うつむいたまま気を付けている模様ですから、私はイヨイヨ今夜来るなと思いました。来たら出来るだけ身軽にしとかんと不可《いか》んと思いまして、慣れた者の飴売りの身支度をして待っておりますと……ヘエ。ツイ一時間ばかり前の事で御座います。掛金の上の処を切抜きました小女《あま》っちょが手を入れましたけに、直ぐに引っ掴まえて引っくくり上げて、ここまで担いで参りましたので……ヘエ」
「成る程のう。貴様は気が利いとるのう。素人には惜しい度胸じゃ。アハハハハ……」
「フーム、コンナ常習犯の奴の手口は、アイソ、サグリ、ノリと云うて、三度手を入れてみるものじゃがのう。最初に手を入れた時に捕えようとしても決して捕えられるものじゃないがのう」
 これは銀次と肩を並べている痩せ枯れた胡麻塩鬚《ごましおひげ》の巡査部長の質問であった。しかし銀次は平気で答えた。
「ヘエ。そげな事は一向存じまっせんでしたが、ただこの外道《げどう》と思うて待ち構えておりますところへ、遣って参りましたので思い切り引っ掴んでしまいましたが……ヘヘヘ……」
「オイオイ……女……それに相違ないか」
 巡査部長が靴の先で小女《こおんな》の頭をコツコツと蹴った。
 小女はヤット眼を見開いて、冷やかに頭の上を見た。噛んでいた唇を静かに嘗《な》めまわすとハッキリした声で云った。
「……この縄……解《ほど》いてくんさい。白状するけに………」
「……ナニ……縄を解け……?……」
「……アイ………」
「そのままで云うてみい」
「イヤイヤ、このままならイヤぞい。痛うて物が云われんけに……どうぞ……」
 小女は又もシッカリと眼を閉じて唇を噛んだ。訊問に慣れているらしい巡査部長は、凹《くぼ》んだ眼でマジリマジリと小女の顔色を見ていたが、やがて大きく一つうなずいた。傍の巡査を腮《あご》でシャクッた。
「オイ。解いてやれ」
「ハッ」
 若い巡査が二人で女を抱え起して泥だらけの板張の上に横座りさせた。
 これを見た銀次はチョット狼狽したらしかった。巡査達の顔を素早くツラリと見渡したまま固くなっていたが、やがて覚悟をきめたらしく、軽いため息を一つ鼻から洩らすと、縄を解《と》く邪魔にならないように、すこし横に立退《たちの》いた。入口に立っている巡査の背後をスリ抜けて一気に表へ飛出せる位置に立った。古ぼけた博多の角帯の下に、右手の拇指《おやゆび》を突込んで直ぐに結び目を前へ廻わせる準備をしていたのを誰も気付かなかった。
 キチンと座り直した小娘はそうした銀次の態度をジロジロと横目で見ているようであった。巡査に取捲かれたまま縄を解かれると、すぐに襷《たすき》を外して、肩のあたりをシキリに揉《も》んでいた。それから裾《すそ》をつくろいながら中腰に立上って、膝を揉んだり押えたりした。そうして又もペッタリと座り込むと鬢《びん》のホツレを指先で掻上げながら咳払いを一つ二つした。
「……すみません。お湯一パイくんさい。咽喉《のど》がかわいて叶《かな》わぬけに……」
 と頭を下げて、カンカン起った火鉢の上の大薬鑵に手をかけると、思い切って立上りさま天井を眼がけて投上げた。灰神楽《はいかぐら》がドッと渦巻き起って部屋中が真白になった。思わず飛退《とびの》いた巡査たちが、気が付いた次の瞬間にはモウ銀次と小女の姿が部長室から消え失せていた。

       5

 部長室から飛出した
前へ 次へ
全9ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング