ナメルの靴を穿かせて、細い、黒いステッキを持たせて、神戸の山の手や海岸通りを歩かせてみた。細長いダンヒルのパイプに鼻の横のパラパラしたニキビが、よくうつった。次には印半天を着せて、赤いビラを振り撒かせてみた。その次には尺八を吹かせて荒格子の前に立たせてみた。ワンピースを着せて変装の女給に……活動のサキソフォン吹きに……タキシードを着せて芝居のボックスに……どれもこれも憎いほどよく似合った。それ位の事はやりかねないであろうノンキな青年に見えて来た。
日が暮れかかると、それでもモセイ君はお客様らしく二、三遍帰りかけた。それを私は無意味に二、三遍引き止めた。お菓子が最後の堅パン一枚になってもまだ話が尽きなかった。
踏切りを越えて、国道に出て「さようなら」を言ってもまだ二人の話は尽きなかった。けれどもそのうちに下り列車が、二人の鼓膜を震憾して通過したので、やっと話が途切れた。
帽子を手に持ってスタスタと国道の暗《やみ》に消えて行くモセイ君のうしろ姿を、提灯の光で見送っているうちに、私はやっと同君の印象の全体のピントを合わせる事が出来た。
「人の頭の中のものをスーッと泄《さら》って行く……
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