、あなたの番が済むとサッサと帰って行かれるのですからね。たった今新聞記者が、その事を私に知らせてくれましたから、あなたはまだ、そんな事を御存じない筈だと返事をしておきましたがね。何でも大した評判になりかけているらしいですよ。ハハハハハ」
 これを承《うけたまわ》りました時の私の驚ろきは、どんなで御座いましたでしょう。今まで想像にだけ描いておりました貴方様と私との間の夢のように不思議な運命のつながりが、思いもよりませぬ晴れやかなところで、あまりにもハッキリと現実にあらわれかかって参りました恐ろしさに、私はもう夢中になってしまいました。病気と云って演奏場から逃げ出そうかしらとも思いましたくらい息苦しくなって、胸がドキドキ致して参りました。
 けれども、それまでの私は、お写真でしかあなた様にお眼にかかった事が御座いませんでしたので、せめて一《ひ》と目なりとも本当のお顔をお見上げして、この世のお名残《なご》りに致したいというような、やる瀬のない思いに引き止められまして、ワクワク致しながら「月光の曲」を弾いていたので御座いますが、そのうちに鳥打帽と背広を召して、大きな色眼鏡をおかけになった貴方様
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