左を向いて御覧」とか仰有って私の眼や、鼻や、口もとをシゲシゲと御覧になっては細長い筆の穂先を嘗《な》めて、火鉢のふちに幾つも並べてある人形の顔に書き入れておいでになるのでした。その顔はいろいろで、私に似ているのは一つもある筈は御座いませんでしたが、それでも毎日毎日見ておりますうちに、私は子供心にその中から自分に似た眼や鼻や口をやすやすと選《え》りだすことが出来るようになりました。それである時、お父様が畠へお出でになったあとで、
「これはあたしの眼よ。この口も……この鼻も、眉毛も……」
 と申しますとお母様は、
「よくわかるね。お前の顔は役者のように綺麗だから、お手本にしているのだよ」
 とおっしゃって、お笑いになりましたが、そのあとでお母様は急にうつむいて悲しそうな顔になられますと、涙をポトポトと火鉢の灰の中へお落しになりましたので、私も何だか悲しくなりまして、その後は一度もそんな事を申しませんでした。ハッキリとは、おぼえませぬが、お母様の鏡台を御自分の前にお据えになって、御自分の顔を御覧になったり、私の顔をお覗きになったりして、私の眼鼻立ちと御自分のとを一緒にして押絵のメンモクになす
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