ったのは、それから後《のち》の事だったように思います。

 こうしたお母様はお正月のお人形をお済ましになりますと、もうそろそろ三月三日のお節句の人形にお取りかかりになるのでした。
 博多の店に二三軒中等物の約束があり、又田舎からも極安《ごくやす》ものを二百でも三百でも出来るだけドッサリ頼んで参ります。又二月になりますと、上物《じょうもの》を好み好みにわけて店から頼んで参りますので、二月も末になりますと、お母様のお忙がしさは眼に余るようで、徹夜をなさる事も珍らしくありませんでしたので、私はいつの間にかお父様のふところに抱かれて寝ている事が多いのでした。
 三月になって、やっと安心してお母様に抱かれることが出来ると思います間もなく、梅雨の間に機織《はたお》り、夜具の洗濯、一年中の晴れ着の始末をなさるのですが、その間にも裁縫や刺繍を頼んで参りました。そうして六月に入るとポツポツ八月のお節句の人形に取りかかられます。福岡の習慣として三月過ぎに生まれた女の子は八月に祝うのですけれど、何となくハズミがつきませぬので、お母様はさほどお忙がしくなかったようです。
 八月になりますと、もうお正月の押絵の
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