そうで、それでもお母様はお遠慮をなすったのを、お迎えに来た柴忠さんから無理にすすめられて、あと三日ほど御覧になったそうです。そうして五日目を御覧になった時にザッと下絵を描《か》いて、六日目に今一度芝居を見て細かい処をお直しになってから、お仕事にかかられましたが、それから一週間目にはもう阿古屋の琴責めの五人組の人形が立派に出来上りましたそうです。その押絵人形は、阿古屋の髪の毛を一本一本に黒繻子《くろじゅす》をほごして植えてあるばかりでなく、眼の球《たま》にはお母様の工夫で膠《にかわ》を塗って光るようにし、緋縮緬《ひぢりめん》の着物に、白と絞りの牡丹を少しばかり浮かし、その上に飛ぶ金銀の蝶々を花簪《かんざし》に使う針金で浮かしてヒラヒラと動くようにして帯の唐草模様を絵刳《えく》り込《こ》みにした、錦絵とも舞台面ともまるで違った眼も眩《まば》ゆい美しさの中に、阿古屋の似顔が、さながら生き生きとさしうつむいているのでした。それを、瓢楽座で日延べの二の替りを打っておいでになりました貴方のお父様が御覧になりました時、
「これは驚いた。自分が一番苦心をしている、昔の遊女の身体《からだ》のこなしを、ど
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