らお芝居が始まりますと、小間物売りのオセキ婆さんを呼んで留守番をさせて、お祖母様とお父様と、お母様と三人お揃いで三日の間瓢楽座へお出でになりましたが、その最初の日には中村半太夫という方が羽織袴を召して、お父様たちの御見物の席に見えて御挨拶をされました。そうして、
「私の舞台姿が福岡で名高い奥様のお手にかかるとは一生の誉《ほま》れで御座います。何とぞよろしく……」
と仰言って、お祖母様にはお茶器を、お父様にはお煙草盆を、又、お母様には紙入れを、それぞれお土産に下すったそうですが、それにはいずれも私の家《うち》の定紋《じょうもん》の輪ちがいの模様が金と銀とで入っておりましたので、お父様はビックリなすったそうです。そうして半太夫という方の御人品《ごじんぴん》に大そう感心をされまして「武士ならば千石取りじゃ」と人にお話しになりましたそうです。
けれども、それから四五日目になりますとお父様は、
「俺はもう頭が痛くなりそうじゃ。お母様も最早《もはや》お倦《あ》きになったそうじゃから、俺はお母様と二人で留守番をする。許すからお前はオセキ婆と二人で見て来い。柴忠の折角の頼みじゃから」
と仰言った
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