しい、お母様の純真なお心の力……芸術の道と、人間の道と、そうして、のがれようもなく落ちておいでになった恋の道の三つに、霊と肉を捧げつくして、あえなくも世をお早めになった神聖なお母様……可哀そうなお母様……いじらしいお母様……むごい……悲しい……おなつかしい……。
こう思いますと私は気がちがいそうにたまらなくなりまして、フイと顔を上げました。するともう日がトップリと暮れておりまして、沢山の落ち葉が、真白な塵と一緒に恐ろしい勢いでゴーゴーと渦巻きながら、私の方へ走って来るようでしたから、私はやっと立ち上りまして谷中の方へ帰りかけました。泣いて泣いて泣きつくしましたあとの空《から》っぽのような気もちになりながら……。
けれども、そうして星空の下を吹く烈しい秋風の中をフラフラと歩いて行きますうちに、私は又も世の中が次第と明るくなって来るように思い始めました。そうしてその夜は涙に濡れたまま、夢一つ見ませずに安々と眠りましたが、あくる朝は、いつもよりもずっと早く起きまして、先生のお宅の裏や表のお掃除を致しました。
「私はもう一生涯結婚しますまい。お兄様はまだ何も御存じないのですから……この秘密
前へ
次へ
全127ページ中116ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング