から信じているので御座います。
 前にも申上げました通り、私は一生のうちに一度はキット、あなた様からの結婚のお申込みを受けますことを、ずっと前から覚悟致しておりましたので御座います。そうして、それと一緒に、その貴方様からのお申込みばかりは、たとい自分の心がどんなで御座いましょうともお受けしてはならぬ……と申しますような世にも悲しい、恐ろしい運命を持っておりますことをも、身に泌みてよく存じておりましたので御座います。

 そのわけを、只今からあなた様に、スッカリお打ち明けせねばなりませぬ私のせつなさ、情なさ、もう身を切られるようで御座います。とは申せ、世界中で唯お一人、そのわけを御理解下さる貴方様に、只|一眼《ひとめ》なりともお目もじが叶《かな》いまして、このようなお手紙を差し上げられるような身の上になりました事を思いますと、このままにこの秘密を胸に秘めてあの世に旅出ちますよりも、私はどんなにか幸福で御座いましょう。
 そのわけの第一と申しますのは、現在あなた様と私とを、同じように苦しめております、この病気で御座います。わけても私の方のは私の家《うち》の代々からお母様に伝わりましたものなので、もうとても助かる見込みはありませぬことで御座います。
 それから、その次のわけと申しますのは、申し上げたらビックリ遊ばすか存じませぬが、私の右の背中から、右の乳の下へ抜けとおっております刀の刺し傷で御座います。この傷の痕《あと》と、それにまつわっております私の生涯の秘密ばかりは、たとい生命《いのち》にかえましても他人様に気付かれまいと思いましたために、斯様《かよう》な病気になりましてもお医者様にも見せずに秘め隠して参ったので御座いますが、只今となりましては、もはや、あなた様にだけは、どうしてもお打ち明け申し上げなければならぬ時節が参りましたものと存じているので御座います。
 それから今一つ、あなた様にこの身をお委せ出来ませぬ一番大切な理由《わけ》と申しますのは、ほかでも御座いませぬ。
 失礼とは存じますが、貴方様と私とは、この世に生れ出ました時から、赤の他人同志ではなかったように思われるので御座います。その証拠の一つとして貴方様は、前にも申し上げますように、私のお母様のミメカタチをそのままのお姿でいらっしゃるので御座いますが、一方に私の姿もまたあなた様のお若い時の御様子を、そのま
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