閉《ふさ》ごうという巧《たく》らみの下《もと》に、わざわざこの室《へや》まで押しかけて来て……イヤッ……ソ……そうじゃないんだッ……。そ……そんな事じゃないんだッ……」
 私は突然に素晴らしいインスピレーションに打たれたので、片膝を叩《たた》いて飛び上った。
 私は私自身が徹底的に絶対無限に潔白である事を、遺憾《いかん》なく証明し得るであろう、そのインスピレーションを眼の前に、凝視したまま、躍り上らむばかりに喚《わ》めき続けた。
「……オ……俺は何にもしていないんだ。昨日《きのう》の夕方からこの室《へや》を出ないんだぞッ……チ畜生ッ……コ……この手拭は貴様が濡らしたんだ。その茶革のサックも貴様が持って来たんだ。そうして貴様はやっぱり催眠術の大家なんだッ」
「……………」
「俺はこの事件と……ゼ絶対に無関係なんだ……。俺は貴様の巧妙な暗示にかかって、昨日《きのう》の午後から今までの間、この寝台の上で眠り続けていたんだ。そうして貴様から暗示された通りの夢を見続けていたんだ。夢遊病者が自分で知らない間《ま》に物を盗んだり、人を殺したりするという実例を貴様から話して聞かせられた……その通りの事
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