、みるみる全身に満ちあふれ初めた。それにつれて私は奥歯をギリギリと噛み締めて、爪が喰い入る程シッカリと両手を握り締めさせられたのであった。
しかし、それは最前のような恐怖の戦慄ではなかった。
……俺は無罪だ……どこまでも晴天白日の人間だ……
という力強い確信が、骨の髄までも充実すると同時に起った、一種の武者振るいに似た戦慄であった。
その時に副院長が後手《うしろで》で扉《ドア》のノッブを捻《ねじ》った音がした。そうして強《し》いて落ち付いた声で、
「……早く電燈を消してお寝《やす》みなさい。……そうして……よく考えて御覧なさい」
という声が私を押さえ付けるように聞えた。
途端《とたん》に私は猛然と顔を上げた。出て行こうとする副院長を追っかけるように怒鳴った。
「……待てッ……」
それは病院の外まで聞えたろうと思うくらい、猛烈な喚《わ》めき声であった。そう云う私自身の表情はむろん解らなかったが、恐らくモノスゴイものであったろう。
副院長は明かに胆《きも》を潰《つぶ》したらしかった。不意を打たれて度を失った恰好で、クルリとこっちに向き直ると、まだ締まったままの扉《ドア》を小
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