方が持っておられると大変な事になりますから、とりあえず私がお預かりして行くのです。もう間もなく、あの特等病室の汚れた藁蒲団《わらぶとん》を、人夫が来て片付ける筈ですから、その時に私が立ち会って、寝床の下から出て来たようにして報告しておいたらドンナものかと考えているところですが……むろんその前にこの中の指紋をキレイにしておかなければ何もなりませんが……ドチラにしても死んだ人には気の毒ですが、今更取返しが付かないのですから、後はこの病院の中から縄付きなどを出さないようにしなければなりません。すぐに病院の信用に響いて来ますからね……いいですか。……忘れてはいけませんよ。今夜の事はこの後《のち》ドンナ事があっても、二度と思い出してはいけない……他人に話してはならない。勿論お妹さんにも打ち明けてはいけません……という事を……」
そう云ううちに副院長は、ジリジリと後しざりをした。そうして扉《ドア》のノッブに凭《よ》りかかったらしく、ガチャリと金属の触れ合う音がした。
その音を聞くと同時に、ベッドの上にヒレ伏したままの私の心の底から、形容の出来ない不可思議な、新しい戦慄《せんりつ》が湧き起って
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