れている訳ではありませんからね。普通人のようにシッカリした足取りで、普通人以上に巧妙な智慧を使って、複雑深刻を極めた犯罪を遂行《すいこう》する事があると、記録にも残っているくらいですが正《まさ》にその通りです。貴方は、貴方特有の強健な趾《あしゆび》と、アキレス腱の跳躍力を利用して、この事件を遂行されたに違い無いのです。あなた独得の明敏な頭脳と、スバラシク強健な足の跳躍力とを一緒にして、この惨劇を計画されたに相違無いのです。あなたは標本室の薬液を盗んで、四人の女を眠らせて、この兇行を遂げられたのです。そうして夫人の懐中《かみいれ》を奪って、この室《へや》に帰って、その懐中《かみいれ》を寝床の下に隠してから、知らぬ顔をして便所に行かれたのでしょう。そこで血痕を残らず洗い浄めた後《のち》に、初めて安心して眠られたのでしょう」
私は又も、肋骨《あばらぼね》が疼《うず》き出す程の、烈しい動悸に囚われてしまった。今の今まで他人の事のように思って耳を傾けていた事件の説明が、急角度に私の方に折れ曲って来たので……そうして身動きも出来ない理詰《りづめ》の十字架に、ヒシヒシと私を縛り付け初めたので……。
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