「……貴方は最早《もう》、それで十分に犯罪の痕跡を堙滅《いんめつ》したと思っていられるかも知れませんが……しかし……もし……万が一にも私が、あの標本室に残された、貴方の重大な過失を発《あば》き立てたらドウでしょう。あなたが持って行かれた、あの小さな瓶のあとに残っている薄いホコリの輪と、クロロホルムの瓶の肩に、不用意に残された仔指《こゆび》らしい指紋の断片とを、司法当局の前に提出したらどうでしょう。……さもなくとも直接事件の調査に立ち会った宿直の宮原君が、警官から当病院内の麻酔薬の取扱方について質問された時に「それは平生《いつも》、標本室の中に厳重に保管してある。しかもその標本室の鍵は、この通り、宿直に当ったものが肌身離さず持っているのだから、盗み出される気遣《きづかい》は絶対に無い」と答えていなかったらどうでしょう。そればかりでなく、その後で、警官たちが他の調査に気を取られている隙《すき》に、宮原君が念のため先廻りをして、標本室の扉《ドア》に鍵が、掛かっているかどうかを確かめていなかったとしたら、どうでしょう。……あすこから麻酔薬を盗み出したものが確かにいる。……その人間の仔指《こゆ
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