知れません。
……併し私はまだ、それでも不安心のように思っておりますうちに、丁度玄関で帰りかけている旧友の予審判事に会いましたので、私はいい幸いと思いまして、特に力強く証言しておきました。歌原未亡人がこの病院に這入ったのは、まだ昨夜の事で、新聞にも何も出ていないのだから、これは多分、兼ねてから未亡人を付け狙っていた者が、急に思い付いて実行した事であろうと思う。この病院の現在患者は、皆相当の有産階級や知識階級である上に、動きの取れない重症患者や、身体《からだ》の不自由な者ばかりで、こんな無鉄砲な、残忍兇暴な真似の出来るものは一人も居ない筈である……と……」
私は頭をシッカリと抱えたまま、長い、ふるえた溜息をした。それは今の話を聞いて取りあえず、気が遠くなる程安心すると同時に、わざわざこんな事を私に告げ知らせに来ている、副院長の心を計《はか》りかねて、何ともいえない生々《なまなま》しい不安に襲われかけたからであった。……だから……私はそう気付くと同時に、その溜息を途中で切って、続いて出る副院長の言葉を聞き澄ますべく、ピッタリと息を殺していた。
「……新東さん。御安心なさい。貴方は私がオ
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