け》て、この病院の中に紛れ込んでいたもので、出て行きがけには、明け放しになっていた屋上庭園から、玄関の露台に降りて、アスファルト伝いに逃走したものと見込みを付けているらしく、そんな方面の事を看護婦や医員に聞いておりましたそうです。私が来ました時にも官服や私服の連中が、屋根の上から、玄関のまわりを熱心に調査していたようです。
……一方に歌原家からは、身内の人が四五人駈け付けて来ましたので、その筋の許可を得て、夫人の死体を引き渡したのが、今から約三十分ばかり前の事ですが……むろん確かな事はわかりませんけれども、その筋では、余程大胆な前科者か何かと考えているらしく、敷布団《しきぶとん》の血痕や、雪洞《ぼんぼり》型の電球|蔽《おお》いに附着しているボンヤリした血の指紋なぞを調べながら「おんなじ手口だ」と云って肯《うなず》き合ったり「田端だ田端だ」と口を辷《すべ》らしていた……というような事実を聞きました。チョウド一週間ばかり前のこと、田端で同じような遣《や》り口の後家さん殺《ごろし》があった事が、大きく新聞に書き立ててあったのですから、その筋では事によると、同じ犯人と睨《にら》んでいるのかも
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