セッカイをしない限り、永久に清浄な身体《からだ》でおられるのです。すくなくとも社会的には晴天白日の人間として、大手を振って歩けるのです。……けれども貴方御自身の良心と同時に、私の眼を欺《あざむ》く事は出来ないのですよ。いいですか。……私は特一号室の出来事を耳にすると同時に、何よりも先に貴方の事を思い出しました。昨日の午前中に、貴方を回診した時の事を思い出したのです。あの夢遊病の話を聞いておられた貴方の、異様に憂鬱な表情を思い出したのです。そうして誰よりも先に貴方に疑いをかけながら、自動車を飛ばして来たのです。……そうして歌原未亡人の死体を家人に引き渡すとすぐに、病室の取片付《とりかたづ》け方を看護婦に命じて、新聞記者が来ても留守だと答えるように頼んでから、コッソリと裏廊下伝いにこの室《へや》に来て、貴方の寝台のまわりを手探りで探したのです。盗まれた茶皮のサックがどこかに隠して在りはしまいかと思って。
 ……ところで私は先ず第一に、あなたの枕元に在る、その西洋手拭いを掴んでみたのですが、果せる哉《かな》です。タッタ今手を拭いたように裏表から濡れておりました。貴方がズット以前から熟睡してお
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