ウォークのカーテンが垂れかかっているのは、誰か身分のある人でも入院したのであろうか……。
ふり返ってみると右手の壁に、煤《すす》けた入院規則の印刷物が貼り付けてある。「医員の命令に服従すべし」とか「許可なくして外泊すべからず」とか「入院料は十日目|毎《ごと》に支払うべし」とかいう、トテモ旧式な文句であったが、それを見ているうちに私はスッカリ吾《われ》に還《かえ》る事が出来た。
私はこの春休みの末の日に、この外科病院に入院して、今から一週間ばかり前に、股の処から右足を切断してもらったのであった。それは、その右の膝小僧の上に大きな肉腫が出来たからで、私が母校のW大学のトラックで、ハイハードルの練習中にこしらえた小さな疵《きず》が、現在の医学では説明不可能な……しかも癌《がん》以上に恐ろしい生命《いのち》取りだと云われている、肉腫の病原を誘い入れたものらしいという院長の説明であった。
「ハッハッハッハッ………どうしたんですか。大層|唸《うな》っておいでになりましたが。痛むんですか」
今しがた私を揺り起した青木という患者は、こう云って快闊《かいかつ》に笑いながら半身を起した。私も同時に寝
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