台の上に起き直ったが、その時に私はビッショリと盗汗《ねあせ》を掻《か》いているのに気が付いた。
「……イヤ……夢を見たんです……ハハハ……」
と私はカスレた声で笑いながら、右足の処の毛布を見た。……がもとよりそこに右足が在《あ》ろう筈は無い。ただ毛布の皺《しわ》が山脈のように重なり合っているばかりである。私は苦笑も出来ない気持ちになった。
「ハハア。夢ですか。エヘヘヘヘ。それじゃもしや足の夢を御覧になったんじゃありませんか」
「エッ……」
私は又ギックリとさせられながら、そう云う青木のニヤニヤした鬚面《ひげづら》をふり返った。どうして私の夢を透視したのだろうと疑いながら、その脂肪光りする赤黒い顔を凝視した。
この青木という男は、コンナ奇蹟じみた事を云い出す性質《たち》の人間では絶対になかった。長いこと大連に住んでいるお蔭で、言葉付きこそ少々|生温《なまぬる》くなっているけれども、生れは生《き》っ粋《すい》の江戸ッ子で、親ゆずりの青物屋だったそうであるが、女道楽で身代《しんだい》を左前にしたあげく、四五年前に左足の関節炎にかかって、この病院に這入《はい》ると、一と思いに股《もも》
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