寄って、絹房《きぬぶさ》の付いた黒い紐《ひも》を引いた。同時に室《へや》の中が眩しいほど蒼白くなったが、私はチットも心配しなかった。病室の中が夜中に明るくなるのは決して珍らしい事ではないので、窓の外から人が見ていても、決して怪しまれる気遣いは無いと思ったからである。
私はそのまま片足で老女の寝床を飛び越して、男爵未亡人の藁布団に凭《も》たれかかりながら、横坐りに坐り込んだ。胸の上に置かれた羽根布団と離被架《リヒカ》とを、静かに片わきへ引き除《の》けて、寝顔をジイッと覗き込んだ。
麻酔のために頬と唇が白味がかっているとはいえ、電燈の光りにマトモに照し出されたその眼鼻立ち、青い絹に包まれているその肉体の豊麗さは何にたとえようもない。正《まさ》にあたたかい柔かい、スヤスヤと呼吸する白大理石の名彫刻である。ラテン型の輪廓美と、ジュー型の脂肪美と併せ備えた肉体美である。限り無い精力と、巨万の富と、行き届いた化粧法とに飽満《ほうまん》した、百パーセントの魅惑そのものの寝姿である……ことに、その腮《あご》から頸《くび》すじへかけた肉線の水々《みずみず》しいこと……。
私はややもするとクラクラと
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