白鳥の羽箒《はぼうき》なぞ……そんなものは一つ残らず、未亡人が入院した昨夜から、昨日《きのう》の昼間にかけて運び込まれたものに相違ないが、トテモ病院の中とは思えない豪奢《ごうしゃ》ぶりで、スースーと麻酔している女たちの夜具までも、赤や青の底眩《そこまば》ゆい緞子《どんす》ずくめであった。
 そんなものを見まわしているうちに、私は、タオル寝巻一枚の自分の姿が恥かしくなって来た。吾《わ》れ知らず襟元を掻き合せながら、男爵未亡人の寝姿に眼を移した。
 白いシーツに包んだ敷蒲団を、藁蒲団の上に高々と積み重ねて、その上に正しい姿勢で寝ていた男爵未亡人は、麻酔が利いたせいか、離被架《リヒカ》の中から斜《はす》かいに脱け出して、グルグル捲きの頭をこちら向きにズリ落して、胸の繃帯を肩の処まで露《あら》わしたまま、白い、肉付きのいい両腕を左右に投げ出した、ダラシない姿にかわっている。ムッチリした大きな身体《からだ》に、薄光りする青地の長襦袢《ながじゅばん》を巻き付けているのが、ちょうど全身に黥《いれずみ》をしているようで、気味のわるいほど蠱惑《こわく》的に見えた。
 その姿を見返りつつ私は電球の下に進み
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