の息苦しい女の匂いに混っている、麻酔《ますい》薬の透明な芳香に、いくらか脳髄を犯されたせいかも知れないと思った。……が……しかし、ここで眼を眩《ま》わしたり何かしたら大変な事になると思ったので、モウ一度両手を突いて、気を取り直しつつソロソロと立ち上った。並んで麻酔している女たちの枕元の、生冷《なまつめ》たい壁紙のまん中に身体《からだ》を寄せかけて、落ち付こう落ち付こうと努力しいしい、改めて室《へや》の中を見まわした。

 室《へや》のまん中には雪洞《ぼんぼり》型の電燈が一個ブラ下って、ホノ黄色い光りを放散していた。それはクーライト式になっていて、明るくすると五十|燭《しょく》以上になりそうな、瓦斯《ガス》入りの大きな球《たま》であったが、その光りに照し出された室内の調度の何一つとして、贅沢でないものはなかった。室《へや》の一方に輝き並んでいる螺鈿《らでん》の茶棚、同じチャブ台、その上に居並ぶ銀の食器、上等の茶器、金色《こんじき》燦然《さんぜん》たる大トランク、その上に置かれた枝垂《しだ》れのベコニヤ、印度《いんど》の宮殿を思わせる金糸《きんし》の壁かけ、支那の仙洞《せんとう》を忍ばせる
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