笑させられた。しかし又、そのお蔭で一層冷静に返りつつ、扉《ドア》の縁と入口の柱の間の僅かな隙間《すきま》に耳を押し当てて、暫《しばら》くの間ジットしていたが、室《へや》の中からは何の物音も聞えて来ない。一人残らず眠っている気はいである。
「一般の入院患者さん達よ。病院泥棒が怖いと思ったら、ドアの把手《ハンドル》を繃帯で巻いてはいけませんよ。すくなくとも夜中《やちゅう》だけは繃帯を解いて鍵をかけておかないと剣呑《けんのん》ですよ。その証拠は……ホーラ……御覧の通り……」
とお説教でもしてみたいくらい軽い気持ちで……しかし指先は飽《あ》く迄も冷静に冴え返らせつつソーッと扉《ドア》を引き開いた。その隙間から室《へや》の中を一渡り見まわして、四人の女が四人ともイギタナイ眠りを貪《むさぼ》っている様子を見届けると、なおも用心深く室《へや》の中にニジリ込んで、うしろ手にシックリと扉《ドア》を閉じた。
私は出来るだけ手早く仕事を運んだ。
室《へや》の中にムウムウ充満している女の呼吸と、毛髪と、皮膚と、白粉《おしろい》と、香水の匂いに噎《む》せかえりながら、片手でクロロフォルムの瓶をシッカリと
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