あかりに透かしてみると、白いレッテルに明瞭な羅馬《ローマ》字体で「CHLOROFORM」……「[#ここから横組み]十ポンド[#ここで横組み終わり]」と印刷してあった。
その瓶の中に七分通り満たされている透明な、冷たい麻酔薬の動揺を両手に感じた時の、私の陶酔《とうすい》気分といったら無かった。この気持ちよさを味わいたいために、私はこの計画を思い立つのだと考えても、決して大袈裟《おおげさ》ではないくらいに思った。
私はその瓶を大切に抱えたまま、ソロソロと月明りの磨硝子《すりガラス》にニジリ寄った。窓の框《かまち》に瓶の底を載せて、パラフィンを塗った固い栓を、矢張り袖口で捉えて引き抜いた。顔をそむけながら、その中の液体を少し宛《ずつ》小瓶の中に移してしまうと、両方の瓶の栓をシッカリと締めて、大きい方を元の棚に返し、小さい方を内懐《うちぶところ》に落し込んだ……が……その濡れた小瓶が、臍《へそ》の上の処で直接に肌に触れて、ヒヤリヒヤリとするその気持ちよさ……。
それから私はソロソロと扉《ドア》の処へ帰って来て、聴神経を遠くの方まで冴え返らせながら、ソット扉《ドア》を細目に開いてみると、相
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