ヤリと笑いながら、タオル寝巻の片袖で、手の先を念入りに包んで、眼の前の青ペンキ塗りの扉《ドア》に手をかけたが、昼間の通りに何の苦もなく開《あ》いたので、そのまま影法師のように内側へ辷り込んで、コトリとも云わせずに扉《ドア》を閉め切る事が出来た。
向うの窓の磨硝子《すりガラス》から沁《し》み込む、月の光りに照らし出されたタタキの上は、大地と同様にシットリとして冷めたかった。私はその上を片足で飛び飛び、向うの棚の端まで行ったが、その端の方に並んでいる小さな瓶の群の中でも、一番小さい一つを取り上げて、中を透かしてみると、何も這入っていないようである。キルクの栓を開けて嗅《か》いでみても薬品らしい香気が全く無い。
私はその瓶を片手に持ったまま、室の隅に飛んで行って、そこに取り付けてある手洗場の水でゆすぎ上げて、指紋を残さないように龍口栓《コック》の周囲まで洗い浄めた。それからその瓶を懐中《ふところ》に入れて、又も一本足で小刻みに飛びながら棚の向う側に来たが、ちょうど下から三段目の眼の高さの処に並んだ、中位の瓶の中でも、タッタ一つホコリのたかっていない紫色のヤツを両袖で抱え卸《おろ》して、月
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