の素跣足《すはだし》のまま、とある暗い廊下の途中に在る青ペンキ塗りの扉《ドア》の前に、ピッタリと身体《からだ》を押し付けていた。そうして廊下の左右の外《はず》れにさしている電燈の光りを、不思議そうにキョロキョロと見まわしているところであった。
 その時に私はチョット驚いた。……ここは一体どこなのだろう。俺は松葉杖を持たないまま、どうしてコンナ処まで来ているのだろう。そもそも俺は何の用事があってコンナペンキ塗りの扉《ドア》の前にヘバリ付いているのだろう……と一生懸命に考え廻していたが、そのうちに、廊下の外れから反射して来る薄黄色い光線をタヨリに、頭の上の鴨居《かもい》に取り付けてある瀬戸物の白い標札を読んでみると、小さなゴチック文字で「標本室」と書いてあることがわかった。
 それを見た瞬間に私は、私の立っている場所がどこなのかハッキリとわかった。……と同時に私自身を、この真夜中にコンナ処まで誘い出して来た、或るおそろしい、深刻な慾望の目標が何であるかという事を、身ぶるいするほどアリアリと思い出したのであった。
 私はソレを思い出すと同時に、暗がりの中で襟元をつくろった。前後を見まわしてニ
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