を運び出して、自宅へ持って行くところだな……と考え付いた。
 私はそう考え付きながらタッタ一人、腕を組んで微笑した……が……しかし……ナゼこの時に微笑したのか自分でもよく解らなかった。多分、一昨日の夜中から昨日《きのう》の昼間へかけて、さしもに異常なセンセーションを病院中に捲き起した歌原未亡人……まだ顔も姿も知らないまんまに、私の悪夢の対象になりそうに思われて、怖くて怖くて仕様がなかったその当の本人が、案外手もなく、コロリと死んでしまったらしいので、チョット張り合い抜けがしたのが可笑《おか》しかったのであろう。それと同時に、介抱が巧く行かなかった当の責任者の副院長が、嘸《さぞ》かし狼狽しているだろうと想像した、嘲《あざけ》りの意味の微笑も交《まじ》っていたように思う。とにかくこの時の私が、妙に冷静な、悪魔的な気分になりつつ、寝台から辷り降りたことは事実であった。それから悠々と片足をさし伸ばして、寝台の下のスリッパを探すべく、暗い床の上を爪先で掻きまわしたのであったが、不思議な事に、この時はいくら探してもスリッパが足に触れなかった。私は昨日《きのう》が昨日《きのう》まで、片っ方しか要らな
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