いスリッパを、両方とも、寝台の枕元の左側にキチンと揃えておく事にしていたのだから、ドッチかに探り当らない筈は無いのであったが……。
 そんな事を考えまわしているうちに私は、何かしら、ドキンドキンとするような、気味のわるい予感に襲われたように思う。そうして尚も不思議に思い思い、慌てて片足をさし伸ばして、遠くの方まで爪先で引っ掻きまわしているうちに又、フト気が付いた。これは寝がけに松葉杖を突いて来たのだから、ウッカリして平生《いつも》と違った処にスリッパを脱いだものに違い無い。それじゃイクラ探しても解らない筈だと、又も微苦笑しいしい電燈のスイッチをひねったが……その途端に私はツイ鼻の先に、思いもかけぬ人間の姿を発見したので、思わずアッと声を上げた。寝台のまん中に坐り直して、うしろ手を突いたまま固くなってしまった。
 それは入口の扉《ドア》の前に突っ立っている、副院長の姿であった。いつの間に這入って来たものかわからないが、大方私がまだ眠っているうちに、コッソリと忍び込んだものであろう。霜降りのモーニングを着て、派手な縞のズボンを穿《は》いているが、鼻眼鏡はかけていなかった。髪の毛をクシャクシ
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