ったと思うと、普通の人間の片足がする通りに、ヒョコリヒョコリと左手の窓の方へ歩き出した。
私の心臓が二度ばかりドキンドキンとした。そうしてそのまま又、ピッタリと静まった。……と思うと同時に頭の毛が一本一本にザワザワザワザワと動きまわりはじめた。
そのうちに私の右足は、そうした私の気持を感じないらしく、悠々と四足か、五足ほど歩いて行ったと思うと、窓の下の白壁に、膝小僧の肉腫をブッ付けた。そこで又、暫《しばら》くの間フウラリフウラリと躊躇《ちゅうちょ》していたが、今度は斜《ななめ》に横たおしになって、切っ立った壁をすこしずつ、爪探《つまさぐ》りをしながら登って行った。そうしてチョウド窓枠の処まで来ると、框《かまち》に爪先をかけながら、又もとの垂直に返って、そのまま前後左右にユラリユラリと中心を取っていたが、やがて薄汚れた窓|硝子《がらす》の中を、影絵のようにスッと通り抜けると、真暗い廊下の空間へ一歩踏み出した。
「……ア…アブナイッ……」
と私は思わず叫んだが間に合わなかった。私の右足が横たおしになって、窓の向う側の廊下に落ちた。森閑《しんかん》とした病院じゅうに「ドターン」という反
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